健康 を基盤とし調和を何よりも尊重する未来社会。人々は互いをいたわり合い思い合う、理想社会。高度医療福祉社会はある衝撃的な事件を機に崩壊の危機に瀕した。WHOの監察者 霧慧トァンは事件の背後にかつて自殺したはずの親友の影を見る。人類社会のの最終局面に立ち会った2人の女性の物語。 日本SF大賞、星雲賞日本長編部門、フィリップ・K・ディック賞特別賞受賞。
(伊藤計劃)いとうけいかく。1974年東京都生まれ。2009年没。武蔵野美術大学卒業。本作で 日本SF大賞、星雲賞日本長編部門、フィリップ・K・ディック賞特別賞受賞。著書に 『虐殺器官』 。
見事なSF。人々が健康を最優先し、他人を尊重しいたわり合うユートピア。そしてそのユートピアを息苦しく感じる少女達。自殺すらできない社会で自殺を図った少女らのうち1人が死に2人は生き残った。生き残った罪悪感を抱えながらトァンは生きていたが、ある日この 『死ねない社会』 で大量の同時自殺が起こる。
というお話。健康は全て体内に埋め込まれた医療マシン、Watch Meによって管理され、誰もが太りすぎず痩せすぎず、お肌は美しく血圧も血糖値もみな正常、という理想社会。そこに反発するトァンの方がおかしいんじゃない?とも言えますが、トァンの立場になってみれば、まさにWatch Meに監視され続ける一生なんて、まっぴら。このWatch Meって名称もすごくセンスいいですね~ナノ型医療マシン、体内の血管の中をグルグル駆け回り、宿主(だ、まさに)のデータを常に健康管理サーバに送り続ける。ちょっとでも暴飲暴食をしようとすると立ちどころに警告が鳴る。【あなたは、社会の大切な資源なのです。資源はそのよい状態を保つ義務があるのです。】 というのが健康維持の理由。なーるほどー。
しかし争いのない理想社会は、個人の意志のない社会であった。自らの意志決定すらできない社会、食べるものも飲むものも、そして死ぬことさえも。悩みがある、その悩みで苦しいと思える今がありがたいのだなと読了後、実感してしまいました。
SFエンターテイメントでありながら、その辺の純文学よりずっと人類の本質、生きることの本質について説いています。驚愕のラストまでオススメです。
評価:(5つ満点)