恋人に別れを告げられた痛手から自棄になっていた主人公の『わたし』。友人の部屋を借り大学の夏休みに限定の独り暮らしを始める。ただ流れていく日常に転機を送り込んでくれたのは高校時代の同級生キクちゃんとその家族だった。陽気な家族とその長兄の雪生との関わりや周囲の人々との交流の中で終わった恋を整理しながら『わたし』は再生の道を辿り始める。第130回芥川賞候補作。
本作はあの(どの?)金原ひとみ、綿矢りさ作品と同時に芥川賞候補作となった作品です。またも芥川賞を逃しましたがいずれ島本氏は芥川賞を取るだろう、というのが大筋の評判です。私もそう思う。
残念ながら2作品よりはインパクトがなかったのは事実。文章力は
『リトル・バイ・リトル』 より上がっているのかもしれないが私としては 『リトル…』 の方が作品としては好感が持てました。というのも冒頭主人公である野田ちゃんは父親の分からない子どもを中絶するのですが、この事実に関する野田ちゃんの想いが余りにも深く描かれていない点。
恐らくは島本氏自身も経験がないことを書いたせいかもしれないのですが、妊娠しそれを中絶する、という行為はそんなに簡単なものではないだろうと思うのです。私自身も経験がないので偉そうなことは言えないのですが、妊娠は2回経験があるのであえて書いてみます。
命が自分の中に宿る、というのは大変嬉しいことでもあり大変恐ろしいことでもあるのです。この命を守るのも失うのも自分に全責任がかかっているかと思うとそのプレッシャーには耐え難いものがある。その大半はホルモンバランスが影響しているのでしょうが、中絶したから簡単に元の生活に戻れるかと言うと決してそうではないのです。
その辺がちょっと設定として甘いかな。野田ちゃんが思い出すのは恋人だったサイトウさんのことばかりだし。しかし複雑な性格の野田ちゃん自身の心を
『深い森』 にたとえ、彼女を取り巻く人々との交流の描き方はやはり上手い。人は自然と自分の癒しとなる、自分に合う相手を探そうとしなくても見つけることができるものなのかもしれないですね。
ってそれは私もそうなのかも?と私の運命の人(笑)を見ながら考えてみる。
評価:



(5つ満点)
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