気がつくと僕は記憶を失い沖縄のジャングルを逃げ惑っていた。なぜ自分はここにいるのか、なぜ逃げるのか。記憶はなぜ失われたのか?孤独に苛まされる僕にギンジという名前を与えてくれたジェイク。ギンジとしてジェイクを頼りながら日々を生き抜くうちに徐々に蘇る僕の記憶。なぜ僕は記憶を失うまでに至ったのか。記憶と共に浮かび上がる虐待、家庭崩壊、ニート、ワーキングプアという過酷な現実。社会に搾取され漂流をよぎなくされた現代の若者である僕の姿を通じ、強烈に格差社会、搾取社会という現実を突き付ける。朝日新聞連載を単行本化。
(桐野夏生)1951年金沢市生まれ。成蹊大学卒業。『顔に降りかかる雨』 で江戸川乱歩賞、『OUT』 で日本推理作家協会賞、『柔らかな頬』 で直木賞、『グロテスク』 で泉鏡花文学賞、『残虐記』 で柴田錬三郎賞、『魂萌え!』 で婦人公論文芸賞、『東京島』 で谷崎潤一郎賞を受賞。 また 『OUT』 で日本人初のエドガー賞候補となる。
久々に☆5の小説。冒頭記憶喪失で
『ぼく』 ギンジの物語がスタートするところからもう目が離せない。本当に夢なのではと思わせるほど恐ろしく迫ってくるジャングルの暗闇、そこから命からがら逃れ、自身の記憶喪失に気付き通りすがりで知り合ったジェイクに仮の名をもらうギンジ。ギンジはそこからまさに生きるために、歩き始める。
家庭環境もそれまで歩んできた道のりも正反対のギンジとジェイクの章が交互に繰り返される構成も素晴らしい。主人公がギンジだけならばここまでの説得力がない。
テーマは家庭内暴力による家庭崩壊、日雇い労働、学歴社会、派遣という名の請負労働、資本家による搾取、裏社会の仕組み、定住しない若者たち、外国へ逃避する外こもりの若者たち、そして選挙に熱狂する若い世代など盛りだくさん、現代社会の闇の部分をこれだけ盛り込んでストーリー展開のできる桐野氏の技量はやはりさすがとしか言いようがない。その
『世間という荒波』 の中に生きながらなおお互いの存在を求めあうギンジとジェイクの友情が、まぶしい。
いつも感じるのですが、桐野氏の描写はとても気配りが効いていて、安易に社会現象をなぞっただけの他の小説とは全くデキが違います。今回は特に家庭崩壊の章(デストロイ)には鬼気迫るものがありました。必読。
評価:





(5つ満点)
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