ムハンマドの身分はあくまでも 『奴隷』 ではあるが、トルコにおいて奴隷は決して非人道的な立場ではなくむしろ日本の奉公と同じことだと村田は言う。その証拠にムハンマドは結構いばっていたりする(笑)。
娘夫婦についてイギリスから渡ってきた下宿の女主人は、娘夫婦の帰国後なぜか共に戻らず単身トルコに留まり、外国人向けの下宿を営みトルコ女性に英語を教える。
そしてドイツからはオットー、ギリシャからはディミトリスの学者達。これだけ個性豊かな人々が集まれば一筋縄では行かないような気がするが、彼らは上手く折り合っている。それは文化宗教の違いはあれ、人としての思いやりは同じ、ということを彼らが日々身をもって実践しているからではないだろうか。
入院中の日本人を介抱するために村田は病院へ日参するが、病院食が合わない彼のためにムハンマドは日々快く食事を作り持たせてくれる。ある日ディミトリスが醤油を手に入れてきてくれた。中国製のソイソースではなく本物の日本の醤油。村田が感動して礼を言うとディミトリスは一言つぶやく。
『私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない。』
(テレンティウス、古代ローマ劇作家)
村田がもらった稲荷像を下宿へ持ち帰ると、下宿の建物に使われた建築材(古い遺跡の石らしい)に宿るトルコの古代の神々と反りが合わず、夜な夜な派手なケンカ?をする様子や、雪が降ったある日村田とオットー、ディミトリスが3人で雪合戦をしてそれぞれの子ども時代の思い出や文化を語り合うシーンもいい。
今の時代ほど外国との交流が盛んではなく、異邦人とは互いに探り合うような存在であった時代に、トルコという東西文化の交叉する地で、異邦人であるマダムの下宿に集まった同じ異邦人である学者達。これこそがまさに異国で交わした生涯の友との魂の交歓録と言えるだろう。
やがて村田を始め皆はトルコのクーデター、戦争、帰国という荒波に飲み込まれてゆく。帰国後受け取った手紙で村田はかつて下宿屋で飼っていたオウムを引き取るものが誰もいなくなったことを知り、そのオウムをトルコからわざわざ取り寄せる。このオウムこそが、彼らの友情を見ていた唯一の生き証人となったのだから。
『家守綺譚』 の綿貫と高堂もしっかり登場します。主人公が村田、綿貫と来たから次回作の主人公はやっぱり高堂でしょう、期待してます。
今回の著作も読み終わった直後よりも、しばらく経ってからしみじみと響いてくる小説でした。梨木香歩はこの点で本当に、素晴らしい作家だと思います。
次回
絶対に