廃バスに住む巨漢のマスターに手ほどきを受けチェスの大海原に乗り出した孤独な少年。彼の棋譜は詩のように美しいがその姿を見た者はいない。なぜなら彼は人の前に姿を現さずにチェスを指すプレーヤーだったのだ。決して表舞台に出ようとしなかった天才チェスプレーヤーの奇跡の物語。『文学界』 連載を単行本化。
(小川洋子)1962年岡山市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。 『揚羽蝶が壊れる時』 で海燕新人文学賞、『妊娠カレンダー』 で芥川賞、『博士の愛した数式』 で読売文学賞、本屋大賞を受賞。主な著書に 『ブラフマンの埋葬』 『薬指の標本』 など。
ただひたすらにチェスと生きたリトル・アリョーヒンの人生を描く。チェスの相手、それ以外の何者をも求めなかった彼が、最後まで距離を置いていた唯一の恋人ミイラとの関係や、交流を持った数えるほどしかいない人々全てについて、その関わりを丁寧に描いている。
リトル・アリョーヒンの世界はかくも小さく狭かったのに、彼はチェスという船に乗り大海原を旅していたのだ!いろいろと難解なチェスクラブの人間関係など分からないままの部分が多いが、それは 『人にはそれぞれの大切な事情がある』 ということだろう。
ラストも読者にとっては衝撃だが、登場人物らが皆穏やかに受け入れていることが美しい余韻をもたらしている。
小川作品は詩のような雰囲気を伝えてくれる。理解できないが受け入れられる、そんな雰囲気。この世界観が好きな方に。
評価:(5つ満点)