張り詰めた東京での生活に疲れ、全てを捨てて上海に留学した有子。断ち切れない過去への想いは70年前この地で生き同じ想いを抱いた大叔父の幽霊を呼ぶ。玉蘭の花の香りと共に。2つの恋愛を通じて交錯するそれぞれの想いが過去と現在を行き交う。人は愛することの果てに何を見るのか。桐野夏生の恋愛をテーマにした異色作。
『玉蘭』 は私の一番好きな桐野作品です。
桐野夏生は社会事件を題材とした作品を数多く発表していますが、本作はそうした社会派作品ともハードボイルド作品とも一風違った趣の作品です。単行本のあとがきには主人公有子は海外でのキャリアを積むことに疲れ帰国し始めた多くのキャリア女性をモデルにした、とありますが、こうした時代背景とは別に本作は全体を流れる雰囲気が叙情的な部分が非常に気に入っています。
私は一度読んだ本を読み返すことはあまりないのですが、本作は2度目です。初めて読んだときはボロボロ泣きました。その泣いた理由を確かめようともう一度読んでみたいのですが、やはり前回は産前産後の不安定な時期に読んだから泣けたのか、2回目では泣けずに理由は判らず仕舞いでした。
有子は一流大学出のキャリア編集職ですが、外科医の恋人松村との離別を機に上海へ留学します。その地でも狭い日本人留学生社会で苦悩する有子。複雑で繊細な性格故に東京での生活に疲れ、新天地とした上海での生活にも疲れる有子。そこで思うのは別れた恋人である松村のこと。そんな有子の前に現れる大叔父の幽霊との関わりが、作品全体を不思議な雰囲気で包んでいます。
複雑な有子の気持ちが痛々しいほどによく分かり、辛いです。愛はそこにあったのに自分から愛を捨ててきた有子。でもあったと思ったは間違いだったのかもしれない。同じく別れてからも有子を思う松村。2人の確執が【東京戦争】という表現で描かれています。東京での出来事はすべて有子にとっては戦争だった、仕事も恋愛もすべて。その戦争に負けたのだと有子は思っており、戦争だと思わせてしまったのは自分だと松村は悔いているのです。
私が好きな歌で【東京砂漠】がありますが、まさに東京は砂漠のような厳しい土地なのかもしれません。東京でそれぞれの生活を戦い続ける友人達に、オススメしたい作品です。
評価:





(5つ満点)
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