誰からも愛される容姿と性格を持ちながら、自身は幼い頃に受けた性的いたずらによるトラウマを抱える那由多。資産家の家に生まれ何一つ不自由なく生きていながらも、教師との不倫に悩む淑子。成績優秀で強い意志を持ち周囲には孤高の人と思われながらも自分にないものを持つ那由多に密かに深い思いを寄せる翠。カトリック系女子高に通う17歳の3人の少女たちが織りなす繊細な心を描く。
(三浦しをん)1976年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。『まほろ駅前多田便利軒』 で直木賞受賞。主な著書に 『風が強く吹いている』 『光』 『三四郎はそれから門を出た』 など。
粗削りながらテーマが確立されており、私的には三浦しをんの作品のうちではかなりの秀作と思った一作。期待以上の作品でした。確かに描写は情景も心情もややぼやけるところがあるにも関わらず、女子高生らの不安定な精神を全力で描こうとしたところに非常に好感が持てます。
幼い頃の心の傷を引きずり続ける那由多、それを打ち明けることもなく分かってもらえないまま死んでしまった母に対する喪失感、永遠に理解してくれないだろう父、そんな思いを抱える自分の世界の外で明るく暮らす兄。家族に守られていた時代を経て子どもは外の世界へ巣立っていくはずなのに、その守られるべき時代に 『守られていなかった』 という記憶しか残せない那由多の辛さ。誰とも希薄な関係しか結べない自分を持て余す、まさに青春。
ミッションスクールの国語教師と関係を持つ淑子。家は鎌倉でホンモノのお嬢さん(うう羨ましい)、夏休みはモルジブへ海水浴だ。自分はこれだけの愛情を彼に注いでいるのに彼は何も返してこない、苛立ちに悩まされる日々。一方通行の愛情を押し付けがちな10代の恋愛、それに苦しみつつもそこから逃れられない少女。脱却、成長の道はどこに。
学校でも取り澄ましていると皆に思われている翠。ごく普通の家に生まれ家業の本屋の店番もする翠、幼稚舎からのお嬢さん方には 『中学からの(入学の)人たちとはなじめないわね』 と言われる存在である自分。那由多、淑子、翠の3人では一番翠が自我の確立ができているものの、それでも自分の想いを持て余す翠。
そんな不安定な3人をつなぐ唯一の大人が学校司書の笹原。彼女の存在がクラスになじめない自分を認めてくれる大人、という価値観になっている。笹原のいる図書館が那由多と翠にとってもオアシスとなっているのがよく伝わってくるし、それを知っている淑子もそこへ加わりたいがうまく加われない、という描写もよく伝わってくる。
いやー。しをんちゃん本当に感覚が女子高生なんだわ。自意識過剰な青春時代。それは本書の文庫解説の歌人 穂村弘とまったく同じなのだった!そう文庫の解説はホムラさんなのです、これまた最後まで楽しめる、大変お買い得な文庫です。非常に私好みですね。
評価:(5つ満点)