芭子(はこ)と綾香は人には言えない過去を持つ仲間同士。上野谷中で亡き祖母の遺した一軒家で息を潜めて暮らす芭子だったが、この暮らしに入ってから2年、ようやく春を迎える実感を感じるようになった初春のある日、決別していたはずの過去と突然対峙することとなる。生きる意味を常に問い続けてきた芭子が、いつも能天気な友人 綾香も同じ思いを抱えていたことを知るシリーズ4作目。yomyom2号掲載。
(乃南アサ)のなみあさ。1960年東京都生まれ。早稲田大学中退。広告代理店勤務等を経て作家活動に入る。『幸福な朝食』 で日本推理サスペンス大賞優秀作、『凍える牙』 で直木賞を受賞。主な著書に 『団欒』 『あなた』 など。
冒頭からシリーズ物っぽいな、と思っていたら、主人公 芭子と友人 綾香の短編はこれで4作目でした。芭子は常に周囲の目に怯えながら生きています、それは彼女が
『マエ持ち』 つまり
『ムショ帰り』 だから。12歳年上の同じ境遇の綾香が、現在働いているパン屋でパン職人として独り立ちしたいと前向きに生きているのを知りつつも、自分自身は将来をどうしたいか、どうなりたいかを考えてみて、
『何も思い浮かばない』 ことに愕然とする。
ムリとかムリじゃない、ということより全く何も浮かばない、真っ白の状態、という事実に打ちのめされる芭子。いつから自分は夢だとか将来だとかを考えられない人間になってしまったのか。
評価:




(5つ満点)
懲役が決まって以来、顔を見ることも手紙をもらうこともなかった家族。その父母と弟との再開を待ち焦がれていた芭子だったが、弟との再会はあまりにも突然で、しかも突きつけられた家族との関係の 『条件』 に芭子の最後の望みである 『家族の元に帰る』 という望みは粉々に打ち砕かれる。どこにも行き場がない、誰にも求められていない自分を感じた芭子は、同じ境遇のはずの綾香の能天気さに半ば憧れ半ば呆れていたのだが、いつも職場のことを楽しそうに話す綾香が実は職場で苦しんでいた事実を知る。
人は表側と裏側を持つ、そして本当はそうではないのにそうせざるを得ない、繕わざるを得ない人の表側という不条理。芭子は30歳でそうしたモノを山ほど見てきてしまった、刑務所の中でも刑務所を出てからも。神様は人生の落伍者には与えてくれるものはもうないのか…そう思っていたところへ、物語の冒頭で芭子が盗まれて困っていた自転車が戻ってくる。見事なラスト。
乃南アサの描くテーマの奥深さ、力強さに脱帽。今更ながら乃南アサ、課題作家とさせていただきます。と言うと四方八方から乃南アサの推薦図書が来ました、みなさんさすが。
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