ある日突然消えた妻。持ち去られた通帳と保険証、処分された私信。5年も一緒に暮らしていたのに婚姻届すら提出されていなかったという事実。彼女は一体何者だったのか、何のために自分と暮らしていたのか。表題作を含む短編集。
(吉永南央)1964年埼玉県生まれ。群馬県立女子大学文学部卒業。『紅雲町のお草』 でオール讀物推理小説新人賞を受賞。著書に 『紅雲町ものがたり』 『誘う森』 『Fの記憶』。
(収録作品)オリーブ/カナカナの庭で/指/不在/欠けた月の夜に
見事なプロットでした。 『オリーブ』 読了後しばし呆然としてしまいました。これから全ての著作をチェックしなくては、吉永南央。家族とは、愛情とは、という人類の永遠の命題に挑み見事に表現した一冊、表題作 『オリーブ』 は皆様に必読です。
妻のことなど付属品のようにしか思っていなかった夫が、彼女に去られて初めてその存在の大きさを感じ寂しさを感じる。さほど愛情もなく自分の中では大きな存在ではなかったはずの妻だったはずなのに、なぜ寂しさのようなものを感じるのか?その感情を 『愛情』 ということすら気付かない、分からない夫が持て余す、この不思議な消せない想い。目に見えない愛情とは本当にどんなものなのだろう。大人の物語です。
『指』 も秀逸です。芸術を生業とする自分と自分の芸術を理解する居心地の良い年下の愛人。妻のいる彼の身勝手さ、それすらも受入れていたのに自分を裏切る彼。女の執念、というありきたりのテーマの枠に留まらない見事な展開には息を呑みます。嫉妬、未練、という女の想いを描きながらも清々しさを感じる、この展開の見事さと不思議さ。
どんなに辛い想いをしても人は先へ進まねばならないし、進む力がある。前向きな気持ちにさせてくれる、美しい短編集です。
評価:(久々に満点)