普通のサラリーマンだった耕平は会社の倒産をきっかけにじわりじわりと落ちていく。日雇い派遣、サラ金、インターネットカフェ宿泊と切迫していく中、まだ戻れる、まだ間に合うと思いながら。いったん失った 『明日』 をもう一度取り返すまでの物語。『IN☆POCKET』連載を単行本化。
(乃南アサ)1960年東京都生まれ。早稲田大学中退。広告代理店勤務等を経て作家活動に入る。『幸福な朝食』 で日本推理サスペンス大賞優秀作、『凍える牙』 で直木賞を受賞。主な著書に 『涙』 『鍵』 『しゃぼん玉』 など。
この頃こういうテーマの本によく当たるような気がしますが…時代でしょうか。それにしても耕平のこの転落ぶりはすごくリアルというか身につまされるというか。そして耕平の性格のいいかげんさ、根性のなさ、無気力さがまたまた実に今の若者らしく、乃南氏の人間観察の鋭さ、人物設定の見事さにまた今回も脱帽です。
どうしようもない若者だった耕平も、多くの散々な経験を通じて徐々に成長していきます。この 『成長ができる』 という人間とは、何て素晴らしいんでしょう。作中ほんっとうにどうしようもなく、数々の失敗もどうにも同情できない、救い難い若者だった耕平にも、実家の母親やばあちゃん、住み込み先で出会った杏菜など変わらず彼に優しく接してくれる人がで周囲にいてくれて、その人たちからの断ち切れない愛情と呼べるものがあって、それが徐々に彼の考えや生き方を変えていく。耕平が徐々に心を入替え大人になるのです、どんな人もやがて大人になるのだという事実。
誰からも見ても救い難い、馬鹿者だった耕平ですら様々な経験を経てようやく大人になり、自分も周りの人も幸せにしようとする道をつかみかけてきた。人は誰でも成長しやがて大人になるのですがその間様々な試練がある。そのために家族や友人といったセーフティネットがやはり、誰にでも必要なのですね。
耕平の最大の強みもここにあったのでしょう、帰る故郷があり、家があり、友がいる。当たり前に思えることでもそれを持たない人はたくさんいるのです、作中の天涯孤独の杏菜のように。当たり前のように思える自分の財産(家族、友人)を持っていること、恵まれている自分に感謝をしなくてはならない、というのが本作のテーマでしょうか。そしてその財産を持つ自分自身が、財産を殖やすためにも努力し続けなくてはいけないのです。耕平が自分の持つ当たり前の家庭、幸せを、杏菜にも与えたい、と思うようになるところで物語が終わります。
乃南氏の小説はたとえどん底を経験してもいつも、明るい方を向いて終わります。それが何より、読者として心救われる思いです。
評価:(5つ満点)