物語には何種類かの 『毒』 が登場します、殺人に使われる青酸カリ、シックハウス症候群を引き起こすアレルゲン、そして人の精神に巣食う毒。多くの毒が生活のすぐそばに存在し、平穏な家庭へ入り込む恐怖を今回三郎は人事ではなく実際に体験してしまいます。
それでもその毒に対して怒りをぶつけるだけではなく、こうした毒は現実に存在すること、そしてそれらから逃れること、全く関わりを持たずにいることは不可能なのだと自覚するところ、三郎はそこがスゴイ。 『誰か』 と比べても本作では三郎の心情はかなり細かく描写されています。
会長の娘婿という身分、娘にお受験をさせなくてはならないことに対する小さな葛藤、それに付随する豪華な一戸建ての購入とリフォーム、全ての決定権と費用は妻にある事実。単に羨ましいとは言えない葛藤が三郎の中に常に存在することは言うまでもありません。でも三郎はその複雑な心境を妻にぶつけることはなく、いつも自分1人の中で処理をし続けています、辛い人生であることは想像に難くありません。
この家庭環境も三郎にとっては一種の 『毒』 なのではないでしょうか?実姉のセリフ 『いつかそんな生活は続かなくなるよ』 という言葉を常に反芻する三郎、いつかはこの重圧が彼を押しつぶしてしまうのではないでしょうか。
冒頭に登場する黒田次長の娘の喘息症状、あおぞら編集部のアルバイト原田いずみの狂気、そして連続無差別殺人事件と多くのエピソードはそれぞれ無関係のようでありながら全てが三郎の生活に大きく影響を与えていた事実。最後までムダな記述が全くありません。
また途中途中で登場人物達の動きに含みを持たせて 『この人怪しいかも?』 と思わせる手法はやはり秀逸です、ミステリーとして完璧な仕上がり。
杉村三郎シリーズ、次回作も期待大、です。