3年間失踪中の夫がある夜ふいに帰って来た。その身は遠い水底で蟹に喰われたと彼は言う。妻は彼と共に死後の軌跡を遡る旅に出るが。文學界』掲載に加筆して単行本化。
(湯本香樹実)1959年東京都生まれ。東京音楽大学卒業。オペラの台本執筆からテレビ、ラジオの脚本家を経て小説家に。 『夏の庭 The Friends』 で日本児童文学者協会新人賞、児童文芸新人賞、『くまとやまねこ』 で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。主な作品に 『ポプラの秋』 『西日の町』 など。
久々に途中、泣きました。読み終わってずーんと来る一冊。この重さは川上弘美と同じですね、しんどいですが味わっていたい余韻です。
失踪した夫 優介と瑞希の関係が語られていますが、それが本当は瑞希が語る通りの事実ではないかもしれない、という含みを途中敢えて持たせながらも、ラストまで瑞希の視点が揺るがないところがいいですね。失踪し恋人がいたことが発覚し、それでもなお3年ぶりに自分の所へ帰って来た優介をただ受入れる瑞希。2人の旅も、旅先で出会う人々も、ただただ美しいです。公園で餃子のタネをこねている中華屋の主人やひなびた農村でたばこ農家を続ける老人達といった、ごくごくなんでもない市井の人々が、限りなく美しい存在なのです。
人は誰しも岸辺を歩き続けているのでしょう。その旅路を、わずかな期間でも共に歩むことができた瑞希と優介は、幸せだったのではないでしょうか。
評価:(5つ満点)