あたしは必ず脱出してみせる。32人が流れ着いた太平洋の涯の島に女は清子ひとりだけ。いつまで待っても無人島に助けの船は来ず、いつしか皆は島をトウキョウ島と呼ぶようになる。果たしてここは地獄か楽園か?いつか脱出できるのか。欲を剥き出しに生にすがりつく人間の極限状態を容赦なく描く。第44回谷崎潤一郎賞受賞。
(桐野夏生)1951年金沢市生まれ。成蹊大学卒業。『顔に降りかかる雨』 で江戸川乱歩賞、『OUT』 で日本推理作家協会賞、『柔らかな頬』 で直木賞、『グロテスク』 で泉鏡花文学賞、『残虐記』 で柴田錬三郎賞、『魂萌え!』 で婦人公論文芸賞、本作で谷崎潤一郎賞を受賞。 また 『OUT』 で日本人初のエドガー賞候補となる。
今回もまたスゴイ小説、桐野氏しか書けない世界。桐野作品の特徴である、人の心の黒い部分をこれでもかこれでもかと前面に出す内容や展開にこの頃やや食傷気味ではあったのですが、それでもなおこれは必読です。
多くの書評を見ると、この作品は現代社会の縮図として描かれている、というようなことが書いてありますが私ちょっと違うと感じました。人が持つ妬み、嫉み、そうしたものよりももっと強くこの物語で描かれているのは、どんな状況にあっても決して失われない
【望郷】 の念、だと思うのです。
清子達が置かれているトウキョウ島の劣悪な衣食住の環境のせいでもなく、狭い社会の憂うつな人間関係のせいでもなく、そうした状況を超越してもなお色濃くみんな、特に清子の考えの最終的な目的は、どんな場合でもやはり
『いつか必ず日本に帰る』 という望郷の念だと感じるのです。いつか故郷である日本へ必ず戻るのだという、清子の恐ろしいまでの執念。彼女が自分を常に島における強者、権力者として皆に印象付けたい理由は、いつか日本へ帰る日に自分が真っ先に戻る(船に乗る)権利を持つためで、そのためには強い男であるホンコン達にすがろうとするのも子どもを産むのも、すべてがそれが
『帰るため』 という。それほどまでに人は故郷、自分の居場所を求めてやまないものなのだろうか?
ということが考えさせられる小説でした。他の登場人物、ワタナベ、森、マンタらも自ら生み出した思想にがんじがらめにさせられてしまう、その様子がありありと描かれていて本当に恐ろしい。それらが荒唐無稽では決してなく、同じ環境に置かれたなら程度の大小はあれ誰もがこのトウキョウ島の住民らと同じ道を辿るかと思うと、それもまた恐ろしい。
恐ろしい恐ろしい、と思っている中で終章のチキとチータのそれぞれの一人語りがやはり素晴らしい。この終章のためにこの作品はあり、そしてこういう終章を用意できる桐野氏という作家はやはり、本物だと強く思います。
評価:




(5つ満点)
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