模倣犯事件のショックを引きずるフリーライター前畑滋子の元に、12歳で死んだ少年の母親から調査依頼が舞い込んだ。絵を描くのが好きだった少年は、スケッチブックに予言とも言える絵を遺していたというのだ。それは16年前に殺された少女の遺体の絵だった。しかし少年は殺された少女の事件が明るみになる前に死亡していたのだ。少年の目には何が見えていたのか。そして少女の死は何を残したのか。母親の少年への想いを汲み取り調査を無償で引き受けた滋子だったが、真実を突き止めようとすればするほど少年の 『予言』 と予言に描かれていた少女殺害事件に巻き込まれていく。事件はどこへ向かうのか。 『模倣犯』 に続く、宮部みゆきの真骨頂。
(宮部みゆき)1960年東京都生まれ。 『我らが隣人の犯罪』 でオール讀物推理小説新人賞、 『理由』 で直木賞、 『模倣犯』 で毎日出版文化賞特別賞、司馬遼太郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
久しぶりに、読むのがもったいない小説でした。
続きを読みたい、でも読むと終わってしまうのが惜しい、下巻に入ってからは幾度となく残りページを確認してしまうほど。こんなに終わるのが惜しい小説は桐野夏生 『グロテスク』 以来です。やはり宮部みゆきの真骨頂、帰ってきた前畑滋子バンザイ!ですね。
2組の家族が象徴的に登場する。まだ12歳だった一人息子を亡くし孤独の身になった敏子。絵が得意だった彼は、普通の絵を描いたスケッチブックとは別に、 『おかしな絵』 ばかりを集めたスケッチブックを遺していく。この 『おかしな絵』 は一人息子の等が予言か透視の能力があったためではないか、と敏子は滋子の元へ調査を依頼してくる。
まずここで読者は、そして滋子も 『予言や透視など、そんなことはありえない』 という視点から等のスケッチブックの謎を切り崩していこうとする。しかし滋子が追えば追うほど等にはそうした能力が備わっていたのでは…という確信に近いものに近づいてしまうのだ。
評価:(宮部みゆきが日本語で読める日本人でいてよかった)
滋子の調査力、着眼点がまた素晴らしい。あらゆるコネを総動員し、複数の所轄の刑事を自分の情報源として使い、インターネット検索は専門ウォッチャーに依頼する。等が遺した絵に描かれていた少女。彼女は十代の頃殺害され、床下へ埋められたままだったことがその調査で明らかになっていく。等が絵を描いた際、言っていたという 『この女の子は寂しいんだよ、外へ出たいんだよ。』 等が聞いた彼女の叫び、それはその叫びを等に心で伝えた人物、つまり等が心を読んだ人物自身の想いであった、ということだけが、唯一の救いである。
今回も宮部作品は素晴らしい。主人公に 『模倣犯』 の前畑滋子を復活させ、事件を9年経っても引きずったままである滋子を探偵役に仕立て、真のジャーナリズムについて問いている。ジャーナリズムとはすなわち人の 『知りたい』 という欲求に応えること。滋子はジャーナリストとして、一人息子の遺した不可解な絵に対する母親の要求に応えた。また殺害された少女の妹からは、姉の死の真相を知りたいという要求があり、これにも応えた。いずれにも真摯に応えようとしたのは、滋子が真のジャーナリストであるからだろう。
本作は小説として本当に見事としか言いようがない。ところどころ上手いな、などと思う余裕はなくあっという間に宮部みゆきの描く世界に捉えられ、抜け出せなくなって気がつけば読了していた。
こういう本に出会うから本読みはやめられない。
またこれが練りに練った書き下ろしではなく、新聞連載だったということにもまた驚きです。構成も見事、各章の合間に挿入される断章1から5もすごい存在感です。
模倣犯もそうだが、人生の途中で突然土台をひっくり返された人はどうしたらいいのだろう。それでも生き続けなくてはならないのか。敏子の家族、殺害された少女 茜の家族、そして殺人犯の家族。更に滋子は夫の昭二と夫婦2人であるがやはり家族である。
様々な局面を乗り越え、滋子は昭二という一番の理解者のおかげでジャーナリストとして生きていられる、家族とはそういうものなのだと。それが一番のテーマかなぁ。うー反省(笑)。
必読書ですが、万が一 『模倣犯』 未読ですと読んでもほとんど意味がないかもしれませんのでご注意ください。まずは模倣犯、必ず読んでください。