大学生の藍はある日突然秋の一日に閉じ込められる。何日も何日も同じ日が繰り返されるのだ。毎日同じ講義、毎日同じ会話をする友人。何のためにこの日は繰り返されるのか、そしてそこから抜け出すことはできるのか。どうしようもない孤独感を抱える藍に転機が訪れる。
(恒川光太郎)1973年東京都生まれ。沖縄県在住。 『夜市』 で第12回日本ホラー小説大賞を受賞しデビュー。
(収録作品)秋の牢獄/神家没落/幻は夜に成長する
【秋の牢獄】 誰しも 『もっと時間があれば…』 とか 『あの時別の選択をしていたら』 と思うことがある、それをテーマにした作品。
語り手に藍というごく平凡で人生にさほど不満もなく希望もない女子大生を据えたことで、彼女と同じく秋の一日を繰り返す
『リプライヤー』 との出会い、そしてリプライヤーそれぞれが抱える鬱積を彼女の視点から客観的に描くことに成功している。
意味のない自慢話ばかりする男、毎日(!)繰り返される妻の不倫に傷つけられる男。しかしどのリプライヤーも終わることのない繰り返しの中で、自分の全ての行動、判断が無意味であることを否応なく知らされる。リプライヤーにはまたしても
『同じ日の朝』 が訪れるからだ。
時間とは、その流れとは本当に普遍的なものなのだろうか。誰にとっても同じ一方向へ流れ続けて行くものなのだろうか。一見何も考えていなそうな人は実はリプライヤーだったりして…なんて、思ったり。
【神家没落】 3篇の中では今回ベスト。迷い込んだ道の先に不思議な場所があったり…という経験ありますあります。そこが実は仙人の住む家だったら?
『ぼく』 は意志とは関係なく、仙人が守るべき家のために家の守り人となってしまう。何のために家が存在しているのか。考えても答えは出ず、現実としてあるのはその家が存在し自分は守り人である、ということだけ。理不尽ながらも
『ぼく』 はそこで生きる術を身に付け、やがて自分も身代わりの守り人を見つけるのだが、やっと見つけた身代わりはおよそ仙人の精神とは程遠い人物だった。
彼は家の不思議を悪用し犯罪に利用する。現世に戻った
『ぼく』 はそのことを知り、身代わりを立ててしまった責任と罪悪感から彼を抹殺しようとするが…。このストーリーは
『夜市』 収録の
『風の古道』 を思い起こさせます。
【幻は夜に成長する】 これも異形の話で、いずれの作品に通じて言えるのは、他の作者ならここで終わりかな、というシーンでも恒川氏は決して終わらないこと、これが恒川作品の醍醐味。思わぬ展開と顛末が待っており、しかもそれがこちらの期待をいい形で裏切る、非常に爽快な結末。今回は読了後すぐではなく、しばらくしてからじわじわと効いてくる、そんな作品ばかりでした。
次回作にも大いに期待です。
評価:




(5つ満点)
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