獄中での経験を胸に現在障害者福祉施設の支援スタッフとして働く著者が調べた 『障害者が起こした事件』 のルポタージュ。仕事を得る場所、暮らす場所、人並みの幸せを得る場所を 『シャバ』 に見出せなかった人々が 『犯罪者』 として刑務所に 『暮らす』 現実。犯罪を繰り返す者、明らかな冤罪にも関わらず服役することになった者、そこには目に見えない 『知的障害』 という大きな要因があったのだ。その他 『ろうあ者だけの暴力団』 『親子で売春婦の知的障害者』 など驚愕の現実を伝える。
(山本譲司)1962年北海道生まれ。早稲田大学教育学部卒。菅直人代議士の公設秘書、都議会議員を経て国政の場へ。衆議院議員二期目の2000年、政策秘書給与流用事件を起こし、実刑判決を受けた。 著書に433日に及ぶ獄中の生活を記した 『獄窓記』 がある。
著書
『獄窓記』 の続編として出された本作だが、著者自身も述べているこのショッキングな題は、なぜ障害を持つ人々が何度も犯罪を繰り返し刑務所に収監されてしまうのか、ということから始まっている。現在障害者福祉施設でスタッフとして働く山本氏が自らの足で調べた、障害者が関わった様々な事件には驚きを隠し得ない。
刑務所を出ても身寄りがなくまた刑務所に戻りたいがために軽微に罪を犯す人、それがエスカレートして毎回放火を行う人。明らかな冤罪であるにも関わらず、暴力団などの犠牲となって服役している人。彼らには人並みに幸せを求め、それを享受する権利すらないのだろうか?だとしたらそれはどうしてなのだろうか?
評価:




(5つ満点)
私が一番ショックだったのは、4章 浜松ろうあ者不倫殺人事件 だった。健常者の手話とろうあ者の使用する手話は、基本的なところで全く違うものだったのだ、だからほとんど通じないのだ!この事実を知らなかった。だから裁判で手話通訳がついても、まず意思疎通の確認をしようとしても手話通訳が 『手話が通じません』 というのだそうだ。ろうあ者の側で、健常者の使う手話を覚えた人ならともかく、そうでない場合はほとんど通じないという事実。手話とは何なのだろうか?
そんな状況で進む裁判、本当の意思の疎通ができているのか、むしろできないまま終わってしまっているのではないか?というのが山本氏の見解である。障害者が被告人となった事件は多かれ少なかれ本当に意思の疎通、真実の確認ができないまま裁判が終結してしまっているのではないか、という氏の指摘が心に響きます。
私にできることは差し当たってないかもしれない。何かをするべきかもしれない。ただ、今はこの本により知らなかった事実を知ることができた。そしてそれを検証し考える、というきっかけができた。それだけでも私にとっては1つの成果だと思わなくては、やりきれない現実がそこに、あります。
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