911以降、後進諸国では内戦や民族虐殺が凄まじい勢いで増加していた。その背後で常に関与が囁かれる謎の米国人ジョン・ポールの存在。果たしてジョン・ポールの目的とは。そして大量殺戮を引き起こす 『虐殺の器官』 とは何か。彼を追う米軍将校シェパードの視点から描く。
(伊藤計劃)いとうけいかく。1974年東京都生まれ、2009年没。武蔵野美術大学卒業。本作は小松左京賞最終候補となる。『ハーモニー』 で 日本SF大賞、星雲賞日本長編部門、フィリップ・K・ディック賞特別賞受賞。
伊藤計劃のデビュー作。たった2年の執筆生活でしたが内容が濃いです。伊藤の設定する近未来の緻密さは本当にすごいです。
軍用、民間飛行機に共に使用される人工筋肉なる
『部品』 、シェパードら軍人に施される、脳をコントロールし良心を排除して戦うことのできる
『システム』 、いずれも緻密な設定とその効用が描かれており、なるほどこれならうまく行くだろうと思わせるものがあります。
舞台設定は911以後、20年位経った頃でしょうか。情報網が非常に発達しても、なおも世界を動かす 『暗殺計画』 には米軍のエキスパートである特殊部隊が自らの手を使って任務に当たらなくてはならない。任務遂行のために不要な良心をコントロールするシステム。脳科学が発達すれば、良心も痛みもコントロールできるとされる社会。そしてそのようにコントロールされる自分達はもはや、人間ではないのではないか。主人公シェパードと共に読者も考えるのです。
良心が痛まなければ、子ども兵を倒すことも苦痛ではない。痛みを感じなければ、作戦遂行の意志が崩れることはない。1970年代のベトナム戦争の頃から、何も変わっていないのだと説く伊藤。
そして物語を貫く大きな謎。大量虐殺が急に行われるようになった後進国に必ず現れる謎の米国人ジョン・ポールの存在。高度に情報網が発達し誰もがネットワークに管理されている世の中で、どこの国境でも検閲でもかからないポールの存在とは。管理されれば犯罪がなくなる、ということは幻想なのだと切々と説く伊藤。
そして衝撃のラスト。このあまりの衝撃に小松左京賞逃したのかも、あまりに救いがないので。それでもなお伊藤計劃が小説を通して伝えたかったのは社会の退廃ではなく、その退廃の中から希望を見出さなくてはならないということだと、感じるのです。かえすがえすも彼の早世が悔やまれます、もっと沢山作品を遺して欲しかったですね。
『ハーモニー』 もぜひご一読ください。
評価:




(5つ満点)
ハーモニー*伊藤計劃 2011/05/29
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