それでも本から離れられない。筋金入りの活字中毒者かつオタク、三浦しをんの秘密の日常を詰め込んだ、初のブックガイド&カルチャーエッセイ集。 『Gag Bank』 『朝日新聞』 『anan』などの掲載に加え書き下ろし。
(三浦しをん)1976年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。『まほろ駅前多田便利軒』 で直木賞受賞。主な著書に 『私が語りはじめた彼は』 『しをんのしおり』 『光』 など。
三浦しをんのエッセイはかなり私好み。ということで本書も十二分に堪能できました。ファッション誌のエッセイ、全国紙連載のYA向け読書案内、それぞれ読者層が違っても炸裂するしをん節!しをんさんと仲良しという弟さんとのやりとりもバッチリ読めます。このオタクぶり、いいなぁ。
読書案内にある本で私が気になるものをピックアップ。
フジモトマサル 『ダンスがすんだ 猫の恋が終わるとき』 新潮社
若き外科医は不思議な猫に恋する。 「この娘、どこの娘?」 「美しいこの娘、医師苦痛」 恋と革命は現実の壁を越え、物語は始めから終わりまで回文で綴られる。全篇笑いと涙のイラストでせつなく魅了する回文絵本。
ひそかに回文について研究している(?)私、この本は要チェック!しをんちゃんも回文が好きだったのか…やはり共通する何かが!?
哀川翔 『翔、曰く』 ぴあ
「肩書きなんていらない」 「仕事は来た順。だってそれが誠意でしょ」 「信じることをはしょっちゃいけない」 哀しい川を翔ぶ一億人の兄貴からの言葉攻め。1984~2003年までの全発言がここに!
翔兄イのお言葉集。しをんちゃんが感動したのは 『家族は、族。族の掟は絶対。』 というルール…要するに晩ご飯は家族で揃って食べるべし。というのが族の掟。しをんちゃんならずとも兄イの言葉には、泣けそうです。
乙一 『くつしたをかくせ!』 講談社
夜になると大人たちは、おびえながら子ども達に言った。「サンタがくるぞ!」 大昔クリスマスは恐ろしいものだと考えられていました。すべての人に平等に与えられる祝福を描く、あたたかなクリスマスの物語。英文併記。
乙一作のちょっと意味不明らしき絵本。気になりますね…。
寺山修司 『不良少女入門』 大和書房
わたしが娼婦になったなら いつでもドアーは開けて置く 海から燕が来るように。触れるもの全てを詩に変えた天才 寺山修司の多面的世界。詩とエッセイから今も色褪せないその魅力をさぐる一冊。
そしてしをんちゃんもやはりテラヤマが好きだった…私とやっぱり、同じじゃん!
よい文章を書くには、よい読み手になることです。と中学校の国語の先生も言ってました。あまりなるほどなと思えない方なのですが(失礼!!)この一言には納得しました。よい書き手への一歩はよい読み手となること。そして今日も日々読書に研鑽するのでありました。
私もちょっとオタクかも…という自覚のあるアナタに、三浦しをんを強くオススメします。
評価:(5つ満点)
バーテンダーの俺は時々記憶が曖昧になる。自分が死亡事故を起こしていたことを知らされ、その事実に愕然とする。なぜそんな重要な記憶が失われているのか。俺の記憶は蘇るのか?事故を巡る関係者達が徐々におかしな動きを見せ始める…何かの策略にはまってしまったのだろうか?ミステリーかホラーか、最後まで予断を許さない異色作。
(東野圭吾)1958年大阪府生まれ。大阪府立大学電気工学科卒業。『放課後』 で江戸川乱歩賞、『秘密』 で日本推理作家協会賞、『容疑者Xの献身』で第134回直木賞を受賞。主な著書に 『幻夜』 『白夜行』 『片思い』 『トキオ』 『ゲームの名は誘拐』 など。
設定といい展開といい趣向としてはなかなか面白いけれども…やや読者サービス的な表現が多すぎるのとトリックの仕掛けがちょっとイマイチな感じ。一種の狂気を描きたかったのかもしれないけど、その狂気とはどこから来るものなのだろう?
いい感じであるにも関わらずついトリックばかりに意識が行ってしまい、登場人物らの心の動きといったものがやはり見えてこない。主人公はじめみんながみんな、そんなに嫌世的な人ばかりじゃないと思うのですが…。主人公が妙にギラギラして 『いなさすぎ』 というか、この世に未練がなさすぎで、もっと欲を出して欲しいと思ってしまう。
評価:(5つ満点)
昭和39年夏、オリンピック開催に沸きかえる東京で警察を狙った爆破事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届く。警視庁の刑事たちが極秘裏に事件を追うと、1人の東大生が捜査線上に浮かぶ。 戦後急速に経済復興を遂げた時代を背景に、日本社会が持つ格差という病魔への激しい警鐘を描く。
(奥田英朗)1959年岐阜県生まれ。プランナー、コピーライター、構成作家を経て作家に。『邪魔』 で大藪春彦賞、『空中ブランコ』 で第131回直木賞、『家日和』 で柴田錬三郎賞、本作で吉川英治文学賞を受賞。主な著書に 『イン・ザ・プール』 『ガール』 『サウスバウンド』 など。
奥田英朗の新境地。と巷で話題の通りの骨太作品。久々に1ページ上下2段組の本を読み、ページが進まない進まない。1冊ですが分厚い上下巻のボリュームがあり十分堪能できます。
この頃の小説は、実は犯人はコイツでした!的な、ラストで大ドンデンというモノばかり読んでいたので、初めから犯人とその周囲について丁寧に追っていく本作は新鮮でした。久々に小説らしい小説で大ドンデン物にはない充足感があります。
昭和39年、『もはや戦後ではない』 と謳われ東京オリンピック前夜の異常な好景気の中、なお色濃く残る敗戦の爪痕が痛々しく表現されています。地方と中央の歴然たる格差、人柱のように働かされ、ヒロポンと呼ばれていた覚せい剤を常習していた出稼ぎ人夫達、東大を中心とする学生運動の堕落した実態、それらすべてを大学院生しかも東大という特権階級に身を置いている自分を通じて島崎は、何を見て何を探ろうとしていたのでしょう。果たして一連の事件はすべて島崎個人に原因があるのだろうか?
ここまで考えるとすぐに思い浮かぶのは、現代の格差社会が生んだ現代のテロリスト達。記憶に新しいのは秋葉原無差別殺傷事件。犯人個人の問題としようとする動きと格差社会が生んだ弊害だとした動き。どちらが正しいとも間違っているとも言い切れない、この 『時代』 が生んだとしか言えない大事件。誰もが幸せを求める時代に、それを求めても与えられない人々がいる、その事実が、重い。そしてその昭和39年(1964)から半世紀近くたった現代でも全く事実が変わっていないことが非常に、重い。
冒頭、島崎が郷里の村の女に頼まれて出稼ぎに行ったまま行方不明になった彼女の夫を訪ねるシーンで、つくづく幸せって何なのだと打ちのめされる。家族と幸せに暮らす、たったそれだけの幸せさえも望んでも叶えられなかった時代。豊かさが目に見えるようになったとは言えいつの時代もその時代を生き抜こうとする強い意志がなければ生き抜けないのだろうか?島崎はその意志が弱かったということなのだろうか?
そうではないと思う、ただ他人の幸せの上に自分の幸せがあることを知ってしまった以上、知らぬフリができなくなったということなのだろうか。
工事現場の飯場での人夫同士のいさかいを見て、島崎は嘆く。自分達をこんな生活に押し込んだ社会体制に対する不満ではなく、同じ底辺にいる者同士が不毛に争う姿を見て、心底嘆く。これも人夫達が単に世の中を 『知らない』 からなのだろうか?
60年代から数えて約半世紀。時代は良くなったか?それとも格差はこれからも依然として存在し続けるのだろうか。幸せはどこにあるのか、考えが止まらない小説である。ぜひご一読を。
評価:(必読。)