財政破綻寸前の港町にふらりと現れた干場はかつての大地主の遺産相続人だと名乗る。身寄りがないと思われていた大地主は死後その財産すべてを町に贈与した後だった。財政破綻寸前の町で激化する暴力団の攻防、相次ぐ不審死、進出企業の陰謀。遺産相続人である干場の目的は。定年間近の老刑事 安河内は命をかけて町にとっての禁断の事件の真相に挑む。『サンデー毎日』 連載の 『ゾンビシティ』 を改題、加筆修正し単行本化。
(大沢在昌)1956年名古屋市生まれ。慶応義塾大学法学部中退。『感傷の街角』 で小説推理新人賞を受賞しデビュー。『深夜曲馬団』 で日本冒険小説協会最優秀短編賞、 『新宿鮫』 で日本推理作家協会賞長篇賞、吉川英治文学新人賞、「新宿鮫 無間人形」で第110回直木賞、 『心では重すぎる』 で日本冒険小説協会大賞、『パンドラ・アイランド』 で柴田錬三郎賞を受賞。
サンデー毎日という雑誌の読者をよく想定して書いてあると思います。本作で一番言いたいのは 『地方の寂れた町ではは利権の奪い合いが繰り返されるのみで醜い争いしか存在しない。田舎は素朴でノンビリしているなんて幻想だ』 という一言ですね。田舎の人はノンビリしていて人がいいなんてとんでもない、というその一言はなかなかショッキングです。でもそれが本当かもしれないですね、狭い土地で狭い人間関係で利権が少ないからこそ激化してしまう利権争い。 『田舎はノンビリしているなんて嘘だ、本当は誰もが自分だけは儲けよう、ここから抜け出そうと足を引っ張り合っているのが田舎の本当の姿だ』 というのが、この本の最大のテーマというわけです。
朴訥な青年 干場が実は…という仕掛けも面白いのですが、それよりも日本の田舎が抱える経済的問題や人間関係のしがらみにスポットを当てた作品です。もちろん登場する老刑事はハードボイルド、飲むのはいつも薄めのハイボール、というのはお決まりですけど(笑)。
今回も永遠のワンパターンのハードボイルドですが、そのワンパターンを裏切らない大沢作品が好きなのです。だからいいのです。
評価:(5つ満点)
かつて売れっ子カメラマンと呼ばれた俊介は今ではロクに仕事もせずぐうたらな毎日を送っている。それに対し妻のさくらはあれこれ文句を言いながらも世話を焼いている。結婚10年目。夫婦生活が終わりを告げようとして初めて妻の存在の大きさに気づく俊介だったが…。大人になりきれない中年夫婦の我儘と愛情を描く。
久々に泣かせてもらいました。うーん、薬師丸の存在感というか醸し出す雰囲気の上手さ、すごいわ。演技力というより空気力というか、彼女だからこの難役ができたんだな。石橋蓮司のオカマぶりもすごい、こちらも必見です。
この映画の醍醐味は、夫婦の関係は実は…というオチが中盤過ぎでもう明かされるところです。このオチは映画や小説では反則だろう、と憤るこちらの考えも汲み取り、そこから更に展開する二段三段オチ。北見と弟子とオカマのブンさんの関係も、パタンパタンと真実が展開されていく感じ。
素直になれない中年男と女の、結婚10年子どもなしのちょっとゆるんだ関係と感情を見事に表現していますね。トヨエツのちょっとたるんだおっさん体型も、おっさん言動も非常に巧いです。そして薬師丸の透明感というか少女性というか、あの何とも言えない初々しさは!見終わって館内のポスターの 『もう一人で暮らせるね/消えないでくれ』 とあるフレーズを見て、これまた巧い!!と一人大満足。
『今度は愛妻家』 というタイトルも素晴らしく、更に井上陽水の唄う主題歌がエンドロールで、心に沁みて行くのでした。泣きたい方は、必見です。
【後日談】
友人に 『全般にトヨエツも石橋蓮司も良かったがー何と言っても薬師丸の透明感が空気感が…』 とメールしたら返信に 『結局アンタは薬師丸のファンなだけじゃないの?』 。そうだったのか…友人によれば確かに私は薬師丸主演のドラマ 『恋愛中毒』 『ミセスシンデレラ』 とか一生懸命見ていたとか。そうか、自分でも知らなかったけど私は薬師丸のファンらしいです。今度から薬師丸主演の映画は必ず観ることとします(笑)。
評価:(5つ満点)
のどかな田舎町の小学校で起きた惨たらしい美少女殺害事件。犯人と言葉を交わしながらどうしても犯人の男の顔を思い出せない4人の少女たちに投げつけられた激情の言葉が、彼女たちの運命を大きく狂わせる。15年の時効を目前に4人の目撃者と被害者の母親につきつけられたそれぞれの 『贖罪』 を問う。
(湊かなえ)1973年広島県生まれ。武庫川女子大学家政学部卒業。『告白』 で小説推理新人賞を受賞しデビュー。他の著書に 『少女』 。
2010年初の☆5点ですね、 『告白』 で衝撃を受けた湊かなえ、 『少女』 はややイマイチだった分この 『贖罪』 でかなり盛り返してきました。今回もすごいレベルのクライム・ノベル。
湊作品の怖さはいずれも 『女』 が遭遇する 『罪』 を正面切って押し出してくるところですね…事件に巻き込まれた4人の少女ら、それぞれの性格の違いもそこから生まれるそれぞれの成長過程>生きづらさも、見事に描いています。そう、今最も描くべき主題はこの 『生きづらさ』 じゃないかな。なぜ生きづらいのか、多くの人が生きづらいと感じるのか。
それは人と人との関係があまりにも表面だけになっていて、そしてそれぞれが余りに利己的だからではないか。4人の少女らの事件後を見ていても、家庭の庇護が十分だったか?でも母親ら家族ももちろん子ども達を大切に思いきちんと教育しようとしていたことは間違いない、それも足立麻子の章に書かれている。それでもなおこういう悲劇が連鎖して起こる訳は…うーん怖いです。タイトルの贖罪、誰の贖罪か。エミリを救えなかった4人の少女か、同じく救えなかった母 麻子か、それとも…。
全く皆目見当つかなかった犯人像が4人の少女らの証言から徐々に輪郭を帯びてくる描写がもう、巧いなんてもんじゃないです。一気に読み切ってフーっとため息ついてしまう、本格ミステリってこういうのを言うんだなと改めてしみじみしました。 『告白』 より更にバージョンアップした湊かなえをぜひご一読ください。
評価:(満点!)
それぞれの旅立ち
長年の恋を実らせとんぼさんと結婚したキキ。今では双子の子どもニニとトトも11歳に。お母さんになったキキ、お父さんになったとんぼさん、そして魔女になるかどうかを迷っているニニと、男の子という理由だけで魔女になれないトト。それぞれに旅立ちを迎える。シリーズ完結。
(角野栄子)1935年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒。25才の時にブラジルに2年間滞在。『ズボン船長さんの話』 で旺文社児童文学賞、『おおどろぼうブラブラ氏』 で産経児童出版文化賞大賞、『魔女の宅急便』 で野間児童文芸賞、小学館文学賞他を受賞。
ついに長年続いた本シリーズ完結!ということで一応読まねば。おてんばで無鉄砲な魔女娘キキも30代のおかあさんに。すっかり落ち着いちゃってあんまりキキらしさを感じられなかったけど、今回の主人公はニニとトトだからいいのでしょうか。
現代っ子のニニと寡黙で内向的なトトを描いてますが、ニニの描写がちょっとイマイチかな、現代っ子らしいニニならではの悩み方をもう少し描いて欲しかったけど。その点はトトの方がよく描かれていて主人公の比率としてはトト:ニニ:キキが6:3:1。この本を単独で読んでもかなり分かりにくいのでは、というのが難点でしょうか。
それにしてもどうして男の子は魔女になれないんだろう?トトじゃなくても不公平だと思いますし、不思議な理由ですね。でもこういう風に 『そういうものなのだ』 というのがやはり、魔女的な思想なのかもしれない。と読後しばらくして思いました。
評価:(長いシリーズ物を読破したい小学生に)
心配症の芭子(はこ)と能天気な綾香。一回りも年の違う仲の良い友人である2人には、他人に言えない過去があった。ペット服製作とパン職人というそれぞれの仕事でも順調に歩んでいる二人の前に、夫のDVに苦しむ女が現れるが。世間の目に怯えつつもいつかは自分たちも陽のあたる場所で生きて行きたいと人生を模索する、刑務所帰りの2人を描く 『いつか陽のあたる場所で』 続編。yomyom13号掲載。
(乃南アサ)のなみあさ。1960年東京都生まれ。早稲田大学中退。広告代理店勤務等を経て作家活動に入る。『幸福な朝食』 で日本推理サスペンス大賞優秀作、『凍える牙』 で直木賞を受賞。主な著書に 『涙』 『鍵』 『しゃぼん玉』 など。
yomyomでこれだけは見逃せないシリーズ。別に派手な事件が起こるわけでもないし、ノンキ者の綾さんと心配性の芭子ちゃんの、何でもない日常なんだけど、そこがまたぐっと惹きつける何かがあるんだなぁ…こういう小説を書ける人になりたいものです。
2人は行きつけの飲み屋でアルバイトを始めたある主婦と親しくなる。可愛らしい外見とうらはらに案外ずうずうしい彼女、たおやかに見えて案外根強い、『コスモス』 というアダナを付けてややうっとおしがってはいても仲良く付き合ってきたのだが…。大人になってからの友達って、子どもの頃に比べるとちょっとだけ難しい。お互いの家庭環境や経済事情といったことが絡み合って気を遣ったり遣われたり。子どもの頃は思ったことをそのまま伝えられたのに、大人になるとそれができなかったり。
コスモスが夫のDVに苦しんでいることを知った2人、特に綾香はそれが原因で服役まですることになったためにその心情は…とこちらもハラハラするものの、結局2人は当人が決めること、と一線を置くことを決める。周囲が助けたくても助けられない、だからDVは根が深いのですね。少しずつ自立してきた芭子と綾香にも世間とのつながりができてきて嬉しい反面、やはり思うように行かないことは多く、2人と共にまた溜め息をつきながらも、今日も生きていくのであります。
評価:(そろそろ単行本2作目?)
高校中退者のほとんどは日本社会の最下層で生きる若者達である。いま貧しい家庭から更なる貧困が再生産されている。この貧困スパイラルを解く方法はないのか。元高校教諭である著者が高校中退の現実と背景を貧困問題と共に論じる。
(青砥恭)1948年松江市生まれ。明治大学法学部卒業。元埼玉県立高校教諭。関東学院大学法学部講師(非常勤)。『子育てと教育を語る会』 代表。
あちこちで紹介されている書評を見るにつけやっぱり読みたくなり、2010初新書購入。最初からたくさんの統計データを提示してくれるのはとてもよいのですが、若干グラフが分かりにくいと言いますかグラフそのものの見せ方・まとめ方にもう少し工夫が欲しかったですね。どれとどれのデータ比較なのかイマイチよく分からない。グラフはやはり見やすい>分かりやすい、が最重要ポイントです。
高校中退。それは貧困のスパイラルを生んでいるという著者の説。大きくうなづける部分もありながら、果たして自立のために本当に高卒資格が必須なのだろうか?という疑問もやはり否めません。だとしたら今の世の中の方がやっぱりおかしくなったのではないだろうか?知識を得るためではなく生きる術を身に付けるための高校教育とは?
著者は 『進学校と底辺校では同じ高校というくくりでは捉えられないほどその性質が違いすぎる。全く別の種類の学校と言っていい位だ』 と。進学指導(学習)メインと生活指導メイン。それは確かに違いすぎる…そして磨り減っていく底辺校の教師達。それよりも、親も中退、子も中退の家庭が繰り返す貧困スパイラルの現実。学習どころか生活習慣のしつけもできない、というより知らない(!)親達が続出している今、社会は終末期を迎えつつあるのかもしれない。この不公平はどうにもならないものなのか? 『教育が国を救う』 という意見には大いに賛成だが、果たして今のままの体制、教育でいいのだろうか?
最近こういうことを考えれば考えるほど 『生きる力』 とは何なのか、分からなくなってきました。 『生きる力』って自分の力で見つけるものなのですが、現代ではそれすらも皆自力でできなくなっているということかもしれない。それはすなわち 『生きる力』 が育たない現状となっているわけだ。ううう…。
親として、現代社会を生きる1人の社会人として、考えさせられる、考えねばならない課題です。
評価:(5つ満点)
かつて高校でそれぞれ陸上界の寵児と言われていた灰二と走。事故と事件というそれぞれの理由から陸上を諦めかけていた2人が、奇跡のような出会いから無謀にも陸上とかけ離れていた者たちと箱根駅伝に挑む。それぞれの頂上を目指して箱根への挑戦が始まった。長距離を走ることは二人にとって生きるに等しいことなのだ。長距離選手にとって必要な真の 『強さ』 を謳いあげた、直球の青春小説。
(三浦しをん)1976年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。『まほろ駅前多田便利軒』 で直木賞受賞。主な著書に 『秘密の花園』 『光』 『三四郎はそれから門を出た』 など。
箱根駅伝が始まってしまいました!これを読んでいる最中にも5区 山登り区間では東洋大 柏原選手が今年も力走快走中!ゴボウ抜きであっという間に順位を繰り上げてきました。こんなの見せられちゃー余計に本を読む手にも力が入ります(笑)。恐るべし箱根の山とその山を登る選手達、よくあんな勾配のところを登って下って、それも走りながら行くもんだ。
本作は、しをんちゃんお得意のBLモノ、これはもう間違いなくBL。心に傷を持つ青年らが集い、共同生活をしながら共に同じ目標に向かって突き進む…うーんいいですね。YA向けとされている本書ですが、むしろくたびれかけた私達中年以降が読むのにふさわしいのではないでしょうか(笑)。原作は映画では省いていた一人一人のバックボーンを丁寧に描いており、楽しめました。映画では割愛されていた個々のいさかいなどもあります、うーんそうだったのか。恋愛模様の描き方では原作はちょっと複雑ですが映画では上手に設定を変えており、映画の出来の良さも改めて確認できて良かったですね。
毎年箱根駅伝を見るたびに、走の、灰二の、神童の、ユキの、みんなの力走を思い出し楽しめることでしょう。原作、映画共に 『努力なんてムダ』 と思っているスネた大人のアナタに、強力オススメです(笑)。
評価:(5つ満点)