彼女との関係は性欲だけなのだろうか、それとも恋なのだろうか?高校1年の斉藤卓巳は好きだったクラスメートに告白されても、頭の中はコミケで出会った主婦、あんずのことでいつもいっぱい。二人の逢瀬はやがて助産院を女手一人で営む母、痴呆症の祖母を1人で介護する同級生など、周囲の人々の暮らしと想いに波紋を広げ彼らの生き様までも変えていく。 『女による女のためのR-18文学賞』 大賞受賞作 『ミクマリ』 を含む著者デビュー作。
(窪美澄)1965年東京都生まれ。カリタス女子中学高等学校卒。フリー編集ライター。『ミクマリ』 で女による女のためのR-18文学賞大賞、本作で山本周五郎賞受賞。著書に 『晴天の迷いクジラ』 『クラウドクラスターを愛する方法』。
(収録作品)ミクマリ/世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸/2035年のオーガズム/セイタカアワダチソウの空/花粉・受粉
『晴天の迷いクジラ』 でこれからも私の必読作家だと確信した窪美澄、デビュー作が後になりましたが読了しました。これも当たりですよ当たり!『ミクマリ』 で始まった斉藤くんとアニメオタク主婦あんずの情事が、続く短編で次々と広がりを見せる。実に見事な連作短編集です。
高校生の息子の情事で始まった物語が、離婚して一人で助産院を営む母の生き様まで示して終わるとは、一体誰が予想したでしょうか。今回健康診断の合間に健診センターで待ちながら読んでましたが、あやうく号泣しそうでした(笑)。
社会のマイノリティである、忘れられた狭間で生きる人々が多く登場します。他人と上手くコミュニケーションの取れない夫、そして同じ状況にあるアニメオタクの妻、夫婦として成り立っていない二人。両親が離婚しいつも何かが足りないような気がする高校生。必死で助産院を経営し一人息子を育てながらも失踪した夫の面倒も見る母。貧しい家族ばかりが暮らす団地で教育も愛情も満足に与えられず、自分達の境遇を嘆くことすら知らない子ども達。
登場人物らは誰しも、決してスポットライトは当たらずむしろ惨めな状況でありながら、それは特別なことではないとする窪氏。そう、つらい厳しい状況にいる、ごくごく普通の人々を描いているありふれた日常であるのに、なぜここまで響くのでしょうか。
それはどんな状況でも人は人を求め、愛し、つながろうとする、それが人間だというのが、窪氏のテーマだからではないでしょうか。愛憎と言うとおり愛と憎しみは本当は、一体なのかもしれません。
哀しくも愛おしい、社会の狭間に生きるごく普通の人々を描いた物語。窪美澄、今年一番のおすすめ作家です。ぜひぜひご一読を!
評価:(大当たり!)
1890年代ヴィクトリア朝イギリス。エマは良家の家庭教師を引退した老婦人ケリーの使用人であったがかつてのケリーの教え子で有力な貿易商ジョーンズ家の跡取りウィリアムと出会い恋に落ちる。ケリーの死により仕事を失ったエマは、身分違いの恋も諦めロンドンを去り生まれ故郷を目指す。偶然にもハワースの貿易商メルダース家でハウスメイドの職を得たエマは熱心な働きぶりで主人やメイド長らに評価され、ある日メルダース夫人に同行してロンドンへ出かけることとなる。そこで再びウィリアムと出会うのだが、その場はウィリアムの婚約披露パーティだった。階級社会に生きる若い2人の波瀾万丈な身分違いの恋を描く。
(森薫)1978年東京都生まれ。漫画家。同人誌活動を経て本作でデビュー。主な作品に 『シャーリー』 『乙嫁語り』 『森薫拾遺集』 。
森薫デビュー作。純愛モノではありますがイギリス19世紀末のヴィクトリア朝時代の風俗へのスポットの当て方が、とにかくオタク目線でスゴイ作品です。メイドさん服のフリルとかこれでもかこれでもかと描かれています。デビュー作らしく1、2巻は画もあんまり巧くなくストーリー展開もイマイチなのですが、3巻くらいから画も巧くなり話が乗ってきて俄然面白くなってきます。本編は7巻で一応完結で、8、9、10巻は他の登場人物らのスピンオフを集めた短編集、という作りになっていますが、実はこの8巻以降の方が面白かったりするという、本末転倒な作品です。
森薫氏の作画へのこだわりと登場人物ら一人ひとりに対する愛情の深さをこれでもかと知ることのできる作品です。ヴィクトリア朝の風俗について描かれた副読本 『エマ・ヴィクトリアンガイド』 もこれまた内容すごすぎ。ここまでやるかっ。のオタク的展開で潔いです(笑)。本編と併せてお楽しみください。
全10巻、貸出可能です。こだわりのある作家が好きな私にピッタリの漫画家ですね(笑)。
評価:(5つ満点)
2016年1月、18歳のジン・カイザワは南極海の氷山曳航を計画するシンディバード号にオーストラリアから密航する。乗船を許されたジンは厨房で働く一方、クルーや研究者たちのために船内新聞を作る記者となった。多民族、多宗教の船内でジンはアイヌの血を引く自らのルーツを強く意識する。様々な知的冒険と難問に出会い、ジンが最後に見たものは。『東京新聞』 ほか連載を単行本化。
(池澤夏樹)1945年北海道生まれ。都立富士高校卒業、埼玉大学中退。詩人、翻訳家、小説家。翻訳はギリシア現代詩からアメリカ現代小説など幅広く手がけている。 『スティル・ライフ』 で中央公論新人賞、第98回芥川賞、『母なる自然のおっぱい』 で読売文学賞、『マシアス・ギリの失脚』 で谷崎潤一郎賞、 『花を運ぶ妹』 で毎日出版文化賞を受賞。主な著書に 『キップをなくして』 『静かな大地』 『きみのためのバラ』 など。
池澤夏樹の、しつこさが好きですね。今回も結構しつこいです。このくどくどした感じが好きなのでくどくどした文章が好きじゃない方にはお勧めできません。ができたら読んでいただきたいです。
ちょっとだけ近未来。水不足の世界では南極の氷山をオーストラリアまで持ってくるという巨大プロジェクトが行われる。ジンはその船に密航することにした。年若いジンはアイヌの血を引いていることで幼い頃から家族が苦労する姿を見て育ち、自身は狭い日本を飛び出し高校からニュージーランドで暮らしている。その彼はもちろん英語には自信があり、生きぬく力はその辺の18歳と比べると抜群にある、という設定。いいねぇそういう若者を敢えて描く。狭い船内での権力闘争、恋愛模様、また巨大プロジェクトに対するクルーそれぞれの微妙な思惑の違い、そしてプロジェクトそのものに反対する謎の環境団体の攻撃など、飽きさせません。多くの困難に出会いながらもジンは自身の持つ 『生き抜く力』 で乗り越えていく、こういう若者が21世紀もわんさかいればいいんですけど。
ちょっと近未来でファンタジーでありながら、現代に対し希望を失うまいとする池澤夏樹の文学、私好みです。この本映画化したら面白いだろうなぁ、氷山引っ張ってくるところとか。
評価:(5つ満点)