東京でカメラマンとして活躍する弟。実家に残り家業と父親の世話に明け暮れる兄。対照的な兄弟。だがふたりは互いを尊重しあっていた、あの事件が起こるまでは。2006年公開映画を監督自らが小説化。読売文学賞受賞作。
(西川美和)1974年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。映画監督、作家。映画作品に 『蛇イチゴ』 『ゆれる』 『ディア・ドクター』 。
映画のノベライズでありながら単に映画を振り返ったものになっておらず、各章を登場人物らの独白という形で表現している点が秀逸。弟 猛の後悔、兄 稔の激情が行間からも伝わってきます。なぜわざわざ文庫版を読んだかというと、映画主演 香川照之(稔)によるあとがきがあるからなのです!このあとがきを読むためにこの本を読んだといっても過言ではないというかその通りだし。
ラストシーンで出所しバス停に立つ稔。稔に呼びかける猛。そして猛に応じる稔のあの、恐怖の笑顔。その後、稔は、猛はどうなったのか?が香川によるあとがきです。このあとがきもごくごく短いんですけどね、でも稔本人が書いた!と思うだけで妙に興奮してしまいますね(笑)。本作は小説としても秀逸です、西川美和氏の才能に乾杯、完敗です。
評価:(5つ満点)
自称 『何でもやってやろう屋』 の元探偵 成瀬将虎。体を鍛えることと運命の女に出会うことを日々精進する俺は、ひょんなことから霊感商法に関連する保険金殺人事件の真相を暴くよう依頼を受ける。事件は解決できるのか、そして俺は運命の女に出会えるのか?ラストに待ち受ける本編全体に掛けられた大仕掛けとは?日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞受賞作。
(歌野晶午)1961年千葉県生まれ。東京農工大学農学部卒業。 『長い家の殺人』 で推理作家としてデビュー。主な著書に 『白い家の殺人』 『死体を買う男』 『ブードゥー・チャイルド』 など。
とにかくすごいプロットだから読んでみろ、と勧められて読みました。タイトルからして私は絶対手に取らない本なのですが(苦笑)、万事人のオススメに弱いものですからまずは読了です。『あっと驚く!』 仕掛けがラストに待っています。これは 『小説だからこそできた大仕掛け』 であるとしか言えないですけど、なるほどこれは面白いなと思いました。登場人物らが一見全く関係がなさそうで、実は一本につながる仕掛けは見事です。
がっストーリーの流れよりもこの仕掛けそのものに重点を置いているため、小説としてはどうなんでしょうね…面白いことは面白いけど。葉桜の季節、とは桜の終わった季節、という意味です、念のため。桜の木の晴れ舞台を花の季節とすれば、葉桜の時期はその次ということになります(ああもう既にネタバレ近いか?)。でも私は葉桜の新緑も、とても好きですけどね。
評価:(5つ満点)
(以下ネタバレに付き未読の方はご注意)
今年で120歳というおねえさんと出逢ったタカシは彼女に連れられ両親とも離れ遠い南の島で暮らすことになる。そこはめくるめく魔術的世界だった。南太平洋にあるトロンバス島を舞台に時空を越えて織り成される蠱惑的な物語。 『野性時代』 掲載等を単行本化。
(恒川光太郎)1973年東京都生まれ。沖縄県在住。 『夜市』 で第12回日本ホラー小説大賞を受賞しデビュー。主な著書に 『雷の季節の終わりに』 『秋の牢獄』 『草祭』 など。
(収録作品)南の子供が夜いくところ/紫焰樹の島/十字路のピンクの廟/雲の眠る海/蛸漁師/まどろみのティユルさん/夜の果樹園
夢かうつつか、現実か幻か。そんな思いが交錯する7つの連作短編集。途中 『オンの地』 (雷の季節の終わりに)の名前も出てきます。恒川氏が書くと本当に異世界は普段はよく見えていないだけで、私達の毎日の暮らしのすぐ後ろにあるんじゃないかと思えてしまうのです。今回の結論のない終わり方も見事ですね、他の作家で結論のない終わりだと消化不良感がすごくあるのに恒川作品は謎は謎のままでいいというか、それで十分納得させられて満足して読了してしまう。このマジックはなぜだ?
『夜の果樹園』 が秀逸ですね、すごーく怖いです。でもそれがたった一晩の出来事だったのか、何年も何十年も経っていたのか…それは永遠に分からないし分からなくてもいいことなのかもしれない。早くまた次作でこの空気、世界感に再び浸かりたいものです。
評価:(5つ満点)
出口のないこの社会で彼らに未来は開けるのか?人口12万人の寂れた地方都市ゆめので鬱屈を抱えながら生きる5人の人間が陥った、思いがけない事態を描く群像劇。 現代社会の抱える多くの問題を盛り込んだ意欲作。
(奥田英朗)1959年岐阜県生まれ。プランナー、コピーライター、構成作家を経て作家に。『邪魔』 で大藪春彦賞、『空中ブランコ』 で第131回直木賞、『家日和』 で柴田錬三郎賞、『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞を受賞。主な著書に 『イン・ザ・プール』 『ガール』 『サウスバウンド』 など。
現代社会のひずみ、ゆがみを全部詰め込んだ、奥田英朗が贈る社会派作品。なかなかにキツイ内容です。平成版オリンピックの身代金、と言ったところ。諸処の無理がたたって最期に…とラスト全ての線のまとめ方はかなりスマートで、さすがの筆力です。群像劇ってどうしてもまとまらず、登場人物も比重が偏っていたり無駄な人がいたりしてまとまらないものが多いのですが、この作品はそれがないです。
新興宗教、主婦売春、アルコール中毒、浪費癖、政治家の企業との癒着、引きこもり、略取誘拐、生活保護、外国人労働者派遣、バスの来ない団地。これだけの現代社会が抱えるありとあらゆる種類の課題を飲み込んで、なおかつドラマを見事に組立ててしまう、奥田氏の作家としての手腕には、ただただ脱帽です。
ただ…読後は相当気が滅入ります。次作には明るいものを期待しています。
評価:(5つ満点)
うち捨てられた庭を、子ども達を美しい花園へと甦らせたものとは何だったのか。作家 梨木香歩が庭とともに逞しく甦る生命のプロセスに寄り添う。バーネットの名作 『秘密の花園』 の世界を案内した解説書。
(梨木香歩)1959年生まれ。児童文学者のボーエンに師事。 『西の魔女が死んだ』 で日本児童文学者協会新人賞、『裏庭』 で児童文学ファンタジー大賞を受賞。主な著書に『からくりからくさ』 『エンジェルエンジェルエンジェル』 『村田エフェンディ滞土録』 『春になったら苺を摘みに』 、絵本に 『ペンキや』 『マジョモリ』 『ワニ』 『蟹塚縁起』 など。
小公女、小公子でお馴染みのバーネット。子ども向け簡略版ではなく原文に近い翻訳の 『秘密の花園』 について、児童文学作家でもある梨木香歩が解説。基本的に梨木氏の書いたものは何でも読みたいという理由だけで、元々文学の解説書などはほとんど読む機会もないのですが、梨木氏の 『秘密の花園』 への深い愛情が感じられて一気に読めました。
『ここはこう解釈せよ』 という指南書ではなく 『ここで私はこう感じた』 というむしろブックレビューに近い内容で、梨木氏の作品への、登場人物への愛情が詰まった一冊です。好きな作家の好きな作品に対する思い入れを聞くのは楽しいですね。梨木さんにはこうした解説をもっと書いて欲しいし、他の作家による解説も読んでみたくなりました。何よりこうしたいわゆる古典文学を読んでみたいと思わせる、作品の持つ魅力が気になりますね。オススメの文学解説書がありましたら教えて下さいね。
評価:(5つ満点)
小学生の頃、土手にいた魔女を見た結仁は魔女になることを決め、幼なじみの葵と史人と一緒に魔法使いクラブを結成する。3人の願いが叶うまでは決してクラブを辞めてはいけない。成長するにつれて友達とも家族とも関係をうまく築けなくなっていく結仁はどこへ向かうのか。少女の成長と葛藤をを小学生、中学生、高校生の三章で描いた書き下ろし。
(青山七恵)1983年埼玉県生まれ。筑波大学卒業。『窓の灯』 で文藝賞、『ひとり日和』 で芥川賞、『かけら』 で川端康成文学賞を受賞。
『ひとり日和』 より遙かに秀作でした、成長し続ける作家は素晴らしい!むしろこちらにあげたい芥川賞。
『魔法使いになりたい』 と学校の七夕の短冊に書いたために皆にいじめられるようになる結仁(ゆに)。仲の良かった皆藤さんの豹変ぶり、いつまでも変わらぬ友情を築いてくれる葵と史人。
この小説の怖いところは1章(小学生)2章(中学生)そして3章(高校生)で終わっているところです。結仁は高校生でもう既に周囲からの自立を求められてしまっているから。親にも兄弟にも頼れない結仁の置かれた環境を思うと胸が痛みます。
子どもは一体何歳まで、その 『子ども時代』 を生きることができるのだろうか?親としては自分の子どもにはいつまでも幸せな子ども時代を過ごさせたい、という、現実には絶対不可能な願いがあったりします。
そして衝撃のラスト、魔法は 『本当にあった』 のです。
このラストの秀逸さに久々に嬉しいショックを受けました。純文学作家 青山七恵、次作が楽しみです。
『ひとり日和』 が何となくイマイチだったなーという方も、ぜひご一読ください。
評価:(5つ満点)
マサミ25歳。そろそろ実家を出たいけど踏ん切りがつかない。そんな時幼なじみのミホから会社の先輩と3人でハウスシェアをしないかと持ちかけられた。様々な人生を背負った女性達が紡ぐそれぞれの 『三人暮らし』 をテーマにした短編集。 『本の旅人』 連載を単行本化。
(群ようこ)1954年東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。広告代理店、本の雑誌社勤務を経て独立。主な著書に 『無印OL時代』 『人生勉強』 『かもめ食堂』 など。
(収録作品)うちの大黒柱/二人のムスメ/三人で一人分/異物/母の友だち/リストラ姉妹/噂の三人/バラの香り/友だちではない/蛍姉妹
1本目の短編 『うちの大黒柱』 に登場する三人組のストーリーが連作で続く内容だと思い込んでたら、次の章からいきなり違う三人組が出てきてちょっとビックリ。一話完結形式のそれぞれの 『三人暮らし』 の短編集です。母子に母または娘の友人が加わった三人だったり、仕事仲間のハウスシェアだったり。設定は様々ですが、この本のポイントは 『二人じゃない三人』 ということでしょうか。
私が好きなのは 『バラの香り』 『うちの大黒柱』 『三人で一人分』 の三編。私も年取ったら 『三人で一人分』 のおばあちゃん達みたいにルームシェアして暮らしてみたいけどな~。
評価:(5つ満点)