まほろ駅前に集う愉快な奴らが帰ってきた。便利屋を営む多田とはた迷惑な助手の行天の活躍をはじめ、経済ヤクザの星、自称まほろ小町だった曽根田のばあちゃん、小生意気な小学生の由良公、バス停を見張り続ける岡老人の細君などスピンオフ版を収録。『別冊文藝春秋』 連載を単行本化。
(三浦しをん)1976年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。『まほろ駅前多田便利軒』 で直木賞受賞。主な著書に 『風が強く吹いている』 『光』 『三四郎はそれから門を出た』 など。
(収録作品)光る石/星良一の優雅な日常/思い出の銀幕/岡夫人は観察する/由良公は運が悪い/逃げる男/なごりの月
多田と行天が帰ってきました。本シリーズは軽めのフリして案外深く書かれてます。私は曾根田のばあちゃんの若かりし頃のロマンスの章(思い出の銀幕)が気に入りましたね、間違いなくコレはばあちゃんの妄想なんだろうな、というオチも。人は皆曾根田のばあちゃんのように人生という劇場の主役になりたいと常に心の奥底で願っているのでしょう、そんな思いをボケついでに語ってしまったばあちゃんはむしろ天晴れだと思います。
岡夫人の章(岡夫人は観察する)もいいです、前作ではただ変人扱いだった岡老人がこんなに奥さんに愛されているなんてねぇ。毎回ながらしをんちゃんの登場人物らに対する愛情の注ぎ方はいいですね。終章は行天のトラウマに迫り続編アリ!の雰囲気濃厚。ゆっくり続編を待つとします。
評価:(装丁がやっぱりイイ)
たくさんの買い物客がうごめく。みんな、あんなに生きている。あたしたちはスーパーマーケットの白くあかるい照明にひとしく照らされている。誰かのいい日にともしびを。北海道のスーパーマーケットを舞台に、それぞれの人生の1日を描いた連作短編集。
(朝倉かすみ)1960年北海道小樽市生まれ。北海道武蔵女子短期大学卒業。 『コマドリさんのこと』で北海道新聞文学賞、『肝、焼ける』 で小説現代新人賞、『田村はまだか』 で吉川英治文学新人賞を受賞。
連作ってただ舞台を同じにしたり現象をつなげればいいものでなく、前章のあれがこことつながっていたなんて!というひっそりとした意外性がないとつまらないし意味がないと思われるのですがどうでしょうか。本作は 『ともしびマーケット』 というスーパーマーケットを舞台にそこに集う人々をそれぞれクローズアップした作品集になっているのですが、それぞれのつながりがあまりにも見え見え過ぎて、門田新子の章などいい感じのものもあるのに段々と陳腐になっていき終章なんて…どうしてわざわざラストに短編に出場した人々をオールスター集合にする必要性があったのか?となってしまっていて、逆効果な感じがしてしまいました。
花見の章もなぜこの時期に花見に行くのか、そのおかしみが作者の独り善がりにしかなっておらず、読んでいてつまらなくて辛い。せっかくの単行本化にあたりもっともっと改稿したら良かったのに。正直、舞台である 『ともしびマーケット』 の存在感がほとんどないです。別にこれならともしびマーケットじゃなくてどこでもいいかんじ。しかも舞台が札幌なんて!1、2章まで東京大田区とかその辺かと思ってたので中盤から大層ビックリしました。それほど、札幌という雰囲気も土地勘も情緒も全く出ていないように感じてしまった…。作者は北海道出身なのに、なんで??
評価:(酷評ごめんなさい)
妊娠中絶を決めた妻に次々と起こる怪奇現象。妻は霊にとり憑かれてしまったのか。恐怖と愛情に心が引き裂かれそうになる若き夫を助け一人の精神科医が戦いを始める。妄想か心霊現象か。戦慄に満ちた愛情を描く。
(高野和明)1964年東京都生まれ。ロサンゼルス・シティカレッジ中退。帰国後脚本家となる。本作で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。主な著書に 『13階段』 『グレイヴディッガー』 『幽霊人命救助隊』 など。
マタニティヒステリーの話と言えばそれまでですが、説明しきれない妊娠した妻の豹変ぶり、夫へも影響を及ぼす精神障害とそれと闘う精神科医の攻防がすごいです。夫側の視点と医者の視点の書き分けが見事ですね、夫は妻の異変は憑依だと信じているし、医者はあくまでも精神障害だと理解しようとする、そのせめぎあい。妻の豹変ぶり(憑依ぶり?)には読者も衝撃を受けます。
世の中には理屈で通らないことも多いがそれを第三者の立場を崩さず冷静に見つめ続けようとした精神科医 磯島の視点を見事に描いた、本作も秀作です。人物設定も細やかで適当さを微塵も感じさせない小説、これぞ小説のあるべき姿ですね。
評価:(5つ満点)
人気シリーズの新宿鮫、佐久間公、ジョーカーが勢揃い。大沢在昌のすべてが堪能できるハードボイルド短編集。新宿鮫シリーズの短編小説 『夜風』 を初収録。
(大沢在昌)1956年名古屋市生まれ。慶応義塾大学法学部中退。『感傷の街角』 で小説推理新人賞を受賞しデビュー。『深夜曲馬団』 で日本冒険小説協会最優秀短編賞、 『新宿鮫』 で日本推理作家協会賞長篇賞、吉川英治文学新人賞、「新宿鮫 無間人形」で第110回直木賞、 『心では重すぎる』 で日本冒険小説協会大賞、『パンドラ・アイランド』 で柴田錬三郎賞を受賞。
佐久間公の短編などところどころ面白いものもあるにはあったんだけど、全体として煩雑な感じ。ハードボイルドって何だっけ?もう少しパンチの欲しかった短編集かな。最近連作短編が流行りなものだからそういう話同士の繋がりを求めすぎちゃうのかもしれないです。
出版社の 『ランダムハウス講談社』 というのも講談社との違いは何なのだろう?どういうジャンルのものをランダムハウスで出すのかな。
評価:(5つ満点)
誰からも愛される容姿と性格を持ちながら、自身は幼い頃に受けた性的いたずらによるトラウマを抱える那由多。資産家の家に生まれ何一つ不自由なく生きていながらも、教師との不倫に悩む淑子。成績優秀で強い意志を持ち周囲には孤高の人と思われながらも自分にないものを持つ那由多に密かに深い思いを寄せる翠。カトリック系女子高に通う17歳の3人の少女たちが織りなす繊細な心を描く。
(三浦しをん)1976年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。『まほろ駅前多田便利軒』 で直木賞受賞。主な著書に 『風が強く吹いている』 『光』 『三四郎はそれから門を出た』 など。
粗削りながらテーマが確立されており、私的には三浦しをんの作品のうちではかなりの秀作と思った一作。期待以上の作品でした。確かに描写は情景も心情もややぼやけるところがあるにも関わらず、女子高生らの不安定な精神を全力で描こうとしたところに非常に好感が持てます。
幼い頃の心の傷を引きずり続ける那由多、それを打ち明けることもなく分かってもらえないまま死んでしまった母に対する喪失感、永遠に理解してくれないだろう父、そんな思いを抱える自分の世界の外で明るく暮らす兄。家族に守られていた時代を経て子どもは外の世界へ巣立っていくはずなのに、その守られるべき時代に 『守られていなかった』 という記憶しか残せない那由多の辛さ。誰とも希薄な関係しか結べない自分を持て余す、まさに青春。
ミッションスクールの国語教師と関係を持つ淑子。家は鎌倉でホンモノのお嬢さん(うう羨ましい)、夏休みはモルジブへ海水浴だ。自分はこれだけの愛情を彼に注いでいるのに彼は何も返してこない、苛立ちに悩まされる日々。一方通行の愛情を押し付けがちな10代の恋愛、それに苦しみつつもそこから逃れられない少女。脱却、成長の道はどこに。
学校でも取り澄ましていると皆に思われている翠。ごく普通の家に生まれ家業の本屋の店番もする翠、幼稚舎からのお嬢さん方には 『中学からの(入学の)人たちとはなじめないわね』 と言われる存在である自分。那由多、淑子、翠の3人では一番翠が自我の確立ができているものの、それでも自分の想いを持て余す翠。
そんな不安定な3人をつなぐ唯一の大人が学校司書の笹原。彼女の存在がクラスになじめない自分を認めてくれる大人、という価値観になっている。笹原のいる図書館が那由多と翠にとってもオアシスとなっているのがよく伝わってくるし、それを知っている淑子もそこへ加わりたいがうまく加われない、という描写もよく伝わってくる。
いやー。しをんちゃん本当に感覚が女子高生なんだわ。自意識過剰な青春時代。それは本書の文庫解説の歌人 穂村弘とまったく同じなのだった!そう文庫の解説はホムラさんなのです、これまた最後まで楽しめる、大変お買い得な文庫です。非常に私好みですね。
評価:(5つ満点)
会社を逃げ出した女、丁寧な日本語を話す美しい外国人、冴えないバーテンダー。非日常な離島のリゾートホテルで出会った3人を動かす圧倒的な日常の奇跡を描く。『パピルス』 掲載に加筆修正し単行本化。
(西加奈子)1977年テヘラン生まれ大阪育ち。関西大学法学部卒業。『通天閣』 で織田作之助賞受賞。主な著書に 『あおい』 『さくら』 『きいろいゾウ』 『きりこについて』 など。
川上未映子で純文学にハマッた私、積読していたこちらもすぐ読み始めました。 『きりこについて』 も良かったですがこちらの方が私にはしっくり来るかも。というか現代に生きるほとんどの人が、主人公ゆりのような思いで生きているのではないでしょうか。だから香山リカ 『しがみつかない生き方』 が売れるんだなきっと。
ゆりはずっと疎んでいたひきこもりの姉を最後にはうつくしい人だと再認識しますが、ゆり自身もおかしな外国人マティアスも、酒の名前を覚えられない役立たずのバーテンダー坂崎もまた 『うつくしい人』 なのだということなのでしょう。。西加奈子のこの溢れんばかりの愛情は、どこから来るのでしょう!ゆりにイライラさせられつつもゆりを愛おしく思ってしまう、そしてそれは自分自身を愛おしく思うことなのだと、気づかせてくれるのはなぜなんだろう。 『人は物語を通じてその生き方を見つける』 と言っていたのは村上春樹だったか。純文学にどっぷりハマりつつある、秋の読書です。
評価:(5つ満点)